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大阪高等裁判所 平成3年(う)1132号 判決 1992年11月17日

主文

本件控訴を棄却する。

当審における訴訟費用は被告人の負担とする。

理由

本件控訴の趣意は、弁護士岩田研二郎及び被告人各作成の控訴趣意書記載のとおりであるから、これらを引用する。

第一各控訴趣意中、事実誤認の主張について

各論旨は、要するに、被告人は、本件公訴事実記載の各文書を偽造・行使したことはないから、無罪であるのに、被告人が右各文書を偽造・行使したと認定した原判決は、事実を誤認したものであり、その誤認が判決に影響を及ぼすことは明らかであるから、原判決は破棄を免れない、というものである。

そこで、各所論にかんがみ、記録及び証拠物を調査し、当審における事実取調べの結果をも参酌して検討すると、原判示の各犯罪事実は、原判決挙示の関係証拠に照らし、すべて優に認めることができる。以下、説明する。

一原判決挙示の関係証拠によれば、まず、次の諸点が指摘できる(なお、証拠物は、原審平成元年押第六六〇号又は当審平成四年押第一一号の符号1ないし31と、当審同号の符号32であって、以下、単に符1などと略称する。)。

1  被告人の名の変更などについて

関係証拠によれば、被告人は、昭和六一年一〇月六日大阪家庭裁判所堺支部に対し、「捷雄」の名を通称として永年使用したことを理由に、自己の名「辰雄」を「捷雄」に変更することの許可を求める申立てをし、同月二四日これを許可する旨の審判を得た上、同年一一月二一日その改名の届出をしたことが認められる。

弁護人の所論は、被告人は、かねて易者から「辰雄」の名が良すぎるといわれて改名を考えていたところ、昭和四六年九月に妻春子が長男を出産する際、前置胎盤のため帝王切開をしたのを機に、易者のいう「捷雄」の名を使用するようになった旨主張し、被告人は原審公判においてこれに沿う供述をするが、その供述だけでは、右主張の時期から、被告人が社会生活の場面においても「捷雄」の名を使用し始めたとは認められず、他にこれを認めるに足りる証拠はない。

他方、被告人の所論は、被告人は昭和五六年から年賀状等で「捷雄」の名を使用して来たと主張するので、検討する。まず、被告人との間で授受されたもので、「捷雄」又はこれと同一とみられる呼称の名が記載された葉書等として以下のものが認められる。すなわち、①被告人が前記裁判所に名の変更許可の申立てをした際の提出資料である差出人「甲野捷雄」の記載のある昭和五六年以降同六一年までの年賀状等の葉書(検察事務官生島清行作成の受信日平成元年八月二三日付け電話録取書と大阪家庭裁判所堺支部長作成の「捜査関係事項照会について」と題する回答書にそれぞれその各葉書の写し添付)のほか、原審で弁護人が提出した②差出人「甲野捷雄」又は「捷雄」の記載のあるいずれも昭和五六年の(ア)出口ひなえ宛(<押収番号略>)、(イ)井筒孝(本名井筒孝子)宛(<押収番号略>)及び(ウ)甲野春子(被告人の妻)宛(<押収番号略>)の各年賀状、③(エ)同年六月二八日付け「甲野捷雄」宛領収証(<押収番号略>)、(オ)同五九年八月一四日付け「甲野捷雄」宛山本石油株式会社作成(<押収番号略>)及び(カ)同年一〇月一九日付け「甲野捷雄」宛かくの平安堂作成(<押収番号略>)の各領収証並びに(キ)同五九年一〇月四日付け「甲野カツオ」宛かくの平安堂作成の領収証(<押収番号略>)等や、当審で弁護人が提出した④差出人「甲野捷雄」の記載がある甲野夏夫・同秋子(被告人の父母)宛の同五九年の年賀状(<押収番号略>)がある。ところが、③の各領収証のうち、(エ)昭和五六年の「甲野捷雄」宛領収証(<押収番号略>)の「甲野」と「捷雄」及び(キ)同五九年の「甲野カツオ」宛領収証(<押収番号略>)の「甲野」と「カツオ」は、原判決が「争点に対する判断」において指摘するとおり、それぞれ、別の筆記具(インク)により記載されたことが証拠上認められ、その「捷雄」や「カツオ」が後日に書き加えられた疑いがあるから、その各領収証はそれぞれ、昭和五六年や同五九年に「捷雄」や「カツオ」の名が使用されたことを裏付けるに足りる証拠とはならない。また、(オ)昭和五九年の山本石油株式会社作成の領収証(<押収番号略>)も、その宛名欄の「甲野捷雄」や但書欄の「タイヤ4本」の各筆跡を日付や金額欄の文字の各筆跡と対比し、かつ、原審証人山本義夫の供述に照らすと、前者の各筆跡が後者の各筆跡と異なるものと疑われるから、前同様同年に「捷雄」の名が使用されたことを裏付けるに足りる証拠とならない。しかし、(カ)昭和五九年の「甲野捷雄」宛領収証(<押収番号略>)の宛名や但書欄等の筆跡関係については、前同様の疑念を抱かせるような事情は、原審証人角野孝一の供述やその他の関係証拠を検討しても窺われない。また、①の各年賀状等については、最も古い昭和五六年の分を含め、名の変更申立ての証拠資料としてその申立てのころに至り特に作出したものと疑わせる事情は証拠上窺われず、なお、②や④の各年賀状も、本件被告事件に関し被告人に有利な証拠とするため特に作出されたものと疑わせる事情は証拠上窺われない。この点に関し、原判決は、「争点に対する判断」において、②の(ア)出口ひなえ宛と(イ)井筒孝(本名井筒孝子)宛の各年賀状は、お年玉くじの番号が連番になっているのは不自然であり、かつ、原審証人井筒孝子及び同井筒カズヨの各証言によれば、井筒孝子方では、年賀状を毎年末に処分するのが長年の習慣であるというから、右二通の年賀状は被告人の本件犯行後に作出された疑いが濃いと説示している。しかし、右二通の年賀状のお年玉くじの番号が連番になっているとの点は、一般に年賀状はまとめ買いすることが多いものであり、その差し出した年賀状のお年玉くじの番号が連番になることは十分あり得ることだから、不自然といえない。また、右各証言によれば、確かに、井筒孝子方では、その妻カズヨが年賀状を管理し、その年末にこれを処分するのが長年の習慣であるというのであるが、被告人の原審公判における供述によれば、②の(イ)の井筒孝宛年賀状は、平成元年の年末ころまで本件犯行のかどで勾留されていた被告人が、その翌年一月一九日か二一日に狩猟仲間の井筒孝子方を訪れ、当時同人(夫)は留守であったが、居合わせた妻カズヨに対して同人方に被告人が差出した葉書類があるか探して欲しいと頼み、一、二時間程屋内の部屋を探してもらったところ、同女が二階に置いてある夫(孝子)の猟銃のケースと一緒にあったのを見つけたと言って渡してくれたものというのであって、その供述はかなり具体的・詳細であり、この点に関する原審証人井筒カズヨの否定的証言に対して被告人自身が行った反対尋問の結果等(ちなみに、そのころに被告人の来訪を受けたか否かの点の同証人の記憶自体があいまいであり、同証人が右年賀状を被告人に渡したことはないというのは、年賀状を毎年末に処分するのが長年の習慣であることからの推測にすぎないといえる。なお、原審証人井筒孝子は、そのころ被告人が同証人の留守中に来たことを、その用件の点は記憶にないが、妻カズヨから聞いたことがある旨供述している。)を考慮すると、被告人の右供述が原審証人井筒カズヨの右否定的証言と対比して信用性に欠けるものとはいえず、②の(イ)の井筒孝宛年賀状に関する限り、同証人のいう習慣の対象からたまたま外れたものと考えられる余地がある。そうすると、井筒孝子方では、妻カズヨが年賀状を管理し、その年末に処分するのが長年の習慣であるからといって、②の(イ)の年賀状が被告人の本件犯行後に作出された疑いがあるとはいえない。なお、当審証人甲野秋子の証言によれば、④の年賀状は、平成三年一二月下旬ころ、被告人の実母である同証人方で発見されたものであることが認められる。

以上のとおりであるところ、①の年賀状等、②の各年賀状、③の(カ)の領収書、④の年賀状に、原審証人甲野春子の証言を含む関係証拠を総合すれば、被告人所論のとおり、被告人は、遅くとも昭和五六年から年賀状等の葉書などに「捷雄」の名を用い始めて社会生活の場面でもその名を使用するようになり、その約五年後の昭和六一年一〇月六日に至り前記裁判所に名の変更許可の申立てたものと認めるのが相当である。

2  被告人の弁護士詐称の経緯について

被告人は、司法試験に合格したことも、弁護士登録をしたこともないことは証拠上明らかである。ところが、昌山時薫、奥野重正及び中村国子の検察官に対する各供述調書によれば、被告人は、供述時の平成元年九月から遡る三〜五年位前に、高校の先輩である昌山時薫に対し「最高裁判所司法修習生甲野辰雄」の名刺を渡し、司法試験に合格して司法修習生になった旨を告げたことがあるほか、同様遡る三年ほど前に、狩猟仲間の奥野重正に対し「弁護士甲野捷雄」の名刺を渡して弁護士と称したり、昭和六一年五月ころ狩猟仲間の妻中村国子に対し司法試験に合格して弁護士になったなどと話をしたことが認められる。加えて、右奥野に渡した前記名刺(<押収番号略>)を検討すると、その右肩には「乙野法律事務所内東京事務所、甲野法律事務所大阪事務所」の所属事務所名が表示されており、また、その左脇下には「東京事務所」の住所・電話番号として「東京千代田区<番地略>電話<番号略>と、「大阪事務所」の住所電話番号として「大阪府南河内郡<番地略>電話<番号略>」とそれぞれ表示されているが、その「東京事務所」の右住所・電話番号は、実在の東京弁護士会所属弁護士甲野捷雄(昭和六〇年四月四日弁護士登録)が勤務する弁護士事務所である乙野太郎法律事務所の所在地と電話番号の一つに一致することが認められる。そして、被告人と右の弁護士甲野捷雄とは、本件が発覚する以前において、面識はもちろん、何らの交渉関係もなかったことは証拠上明らかである。そうすると、被告人は、昭和六〇年四月四日以降同六一年ころまでの間に、同弁護士の存在を知って前記名刺を作り、同弁護士であるかのように装っていたものと推認せざるを得ない。

3  原判示各文書に関わる土地調査等について

関係証拠によれば、昭和六二年春ころ、不動産業者福井由隆(以下「福井」という。)は、浦濱稔から、同人の父浦濱貞三が大阪市に三国中学校グラウンド用地として賃貸中の同人所有に係る同市淀川区西三国二丁目一五一番地ほか二筆の土地を担保として、金銭の融資をしてくれる相手を探して欲しいと頼まれ、この話を不動産ブローカー上田久(以下「上田」という。)を通じて同業者の出口昇平(以下「出口」という。)に持ち掛けたことが明らかである。そして、関係証拠、とりわけ原審証人出口及び同上田(第三、第四回公判)の各証言及び出口の検察官に対する各供述調書によれば、出口は、そのころ、上田とともに、かねてから弁護士になったと聞いていた従兄弟である被告人方を訪れた上、被告人に対し、前記土地に関する大阪市との間の既存の賃貸契約の内容等の調査を依頼し、これを受諾した被告人は、間もなく出口や上田らとともに大阪市役所内の教育委員会に赴くなどして、右賃貸契約の内容等所要の調査を進めたこと、その後、出口は、都合により前記融資先の探査を断念したところ、やがて被告人から右調査の報酬等として一〇〇万円を要求され、いったんは高額すぎるとして断ったものの、結局、昭和六三年二月一八日被告人に一五万円を支払ったことの各事実が認められる。出口は、原審公判において、同人がその当時被告人を弁護士と思っていたかどうかについて多少あいまいな証言をしているが、出口の検察官に対する各供述調書に照らし、同人が当時被告人を弁護士と信じていたことは明らかであり、当時出口や被告人と行動を共にした上田も、原審公判において、当時被告人を弁護士と思い込んでいた旨証言しており(第三、第四回公判)、これらの証言も十分信用できる。しかも、原審証人吉原康文の証言によれば、昭和六二年六月九日、当時経理局用地部用地第二課の係員であった同人のもとへ、弁護士甲野捷雄と名乗る人物から、「浦濱貞三から財産管理を頼まれているが、三国中学グラウンドの借地契約書がないのでこのコピーをもらいたい。」旨の電話が掛かって来たことが認められるほか、右教育委員会事務局総務部施設課管財係である早瀬浩祐の検察官に対する供述調書によれば、同年六月一〇日ころ、同施設課に甲野弁護士と名乗る人物から三国中学のプール用地の借地状況に関する問い合わせがあったことも認められる。なお、原審証人福井(第四回公判)、同上田(第三、第四回公判)及び同南辻忠国の各証言によれば、福井は、昭和六三年一、二月ころ、上田を伴い大阪弁護士会館内で前記土地に絡む金融関係者らと会合するに当たり、被告人に弁護士として同土地に関する説明をさせる必要が生ずるかも知れないと考え、近くの席に待機してもらったが、その際、被告人は法廷日誌を見ながら忙しいなどと言い、福井や上田のみならず、そこに居合わせた右関係者らも被告人を弁護士と信じていたことが認められる。以上によれば、被告人が出口から前記土地の調査依頼を受諾して、その調査をするに当たり、関係者らに対し弁護士を装い、あるいは、弁護士と称して行動していたことは疑いのないところである。

4  原判示各文書の出現を巡る状況について

関係証拠、殊に、原審証人福井(第四回公判)及び同上田(第三、第四回公判)の各証言によれば、昭和六三年二月下旬ころ、和歌山県有田郡<番地略>の福井方に、被告人から、いずれも福井宛の、①前記土地の調査に関する鑑定料等として弁護士会報酬規定に基づき七万八〇〇〇円を請求する旨のワープロで作成された「弁護士報酬金請求について」と題する文書、②右金額を甲野捷雄名義の普通預金口座に振り込むよう依頼する旨のワープロで作成された振込依頼書及び③右金額を請求する旨の請求書各一通が一括郵送されてきたこと、福井は、被告人に対し、右調査を依頼したのは出口であるから、その調査の報酬等を支払う義務はないが、調査結果を福井宛に報告書にまとめるのであれば、その支払いに応じてもよい旨回答するとともに、上田にも右各文書を見せて相談し、上田をして被告人とその交渉をさせたこと、その交渉をした上田は、同年三月一七日ころ、被告人方を訪れ、福井から被告人に対する右調査報告に関する報酬として預かり持参していた一〇万円を被告人に渡すのと引換えに、被告人から、いずれも福井宛の、④前記土地の調査結果の報告を内容とするワープロで作成された「経過報告書」と題する文書及び⑤右一〇万円を受領した旨の領収証各一通を受取って帰り、これをそのころ福井方に届けたことがそれぞれ認められる。

ところで、検察事務官作成の「資料送付について(ファクシミリ電送報告)」と題する書面(以下「検3号証」という。)添付の(ア)「弁護士報酬金請求について」と題する文書、(イ)振込依頼書及び(ウ)請求書の各写し並びに検察事務官作成の「資料の入手について(報告)」と題する書面(以下「検8号証」という。)添付の(エ)「経過報告書」と題する文書及び検3号証添付の(オ)領収証の各写しを検討すると、これらに写っている文面の内容のほか、作成名義人(以下、「名義人」という。)やその名下の印影等は次のとおりである。すなわち、いずれも名宛人は福井であり、

(一) (ア)「弁護士報酬請求について」と題する文書の写しについては、福井から依頼された土地調査に関する鑑定料等として弁護士会報酬規定に基づき七万八〇〇〇円を請求する旨を内容とするもので(ワープロによる記載とみられる)、その名義人の記載を「第二東京弁護士会所属、弁護士甲野捷雄」とし(ゴム印による押捺とみられる)、同所に角印の印影がある、

(二) (イ)振込依頼書の写しについては、右金額を協和銀行羽曳野支店の甲野捷雄名義の普通預金口座に振り込むよう依頼する旨を内容とするもので(ワープロと手書きによる記載とみられる)、その名義人の記載を「甲野法律事務所大阪出張所、第二東京弁護士会所属、弁護士甲野捷雄」とし(「第二東京弁護士会所属」はゴム印による押捺とみられる)、同所に前記角印の印影がある、

(三) (ウ)請求書の写しについては、請求者欄に弁護士の肩書が印刷されている既存の弁護士用請求書用紙を利用して金額や内訳などを手書きで記入の上、前記土地調査の件に関し報酬(鑑定料)として前記金額を請求する旨を内容とするもので、その名義人の記載を「甲野法律事務所(大阪事務所)、大阪府南河内郡<番地略>、電話<番号略>、弁護士甲野捷雄」とし(ゴム印による押捺とみられる)、同所に前記角印の印影があるほか、その名下に「弁護士甲野捷雄職印」と刻された丸印の印影がある、

(四) (エ)「経過報告書」と題する文書の写しについては、前記土地調査の結果報告を内容とするもので、名義人の記載を「大阪府南河内郡<番地略>、甲野法律税務事務所大阪出張所、弁護士甲野捷雄」とし(内容を含めワープロによる記載とみられる)、同所に前記角印の印影があるほか、その名下に前記丸印の印影がある、

(五) (オ)領収書の写しについては、請求者欄に弁護士の肩書が印刷されている既存の弁護士用領収書用紙を利用して金額などを手書きで記入の上、前記土地の調査とその書類提出等に係る鑑定料等として一〇万円を受領した旨を内容とするもので、その名義人の記載を「甲野法律事務所(大阪事務所)、大阪府南河内郡<番地略>、電話<番号略>、弁護士甲野捷雄」とし(ゴム印による押捺とみられる)、同所に前記角印の印影があるほか、その名下に前記丸印の印影がある、

ものである。

そして、上田(第三回公判)及び福井(第四回公判)は、いずれも、原審公判において、検察官から、(ア)ないし(オ)の各文書の写しを示された際、被告人から福井方に送られてきた前記①ないし③の各文書はそれぞれ(ア)ないし(ウ)の各文書の写しと、被告人方で上田が受領して福井方に届けた前記④⑤の各文書はそれぞれ(エ)(オ)の各文書の写しと、いずれも、その文面の内容のほか、名義人の記載や押印関係等が同様である旨証言し、なお、上田(第三、第四回公判)は、前記④⑤の各文書は、自分が被告人方を訪れて受け取る際に、自分の目の前で被告人が作成した文書である旨をも証言しているのであって、これらの各証言は明快で不自然なところがなく、十分信用することができる。

そうすると、前記①ないし⑤の各文書は、それぞれ、(ア)ないし(オ)の各文書の写しの原本であり、原判示第一の一ないし三及び同第二の一、二の各文書に相当するものと認められる。

ちなみに、関係証拠によれば、本件犯行の発覚後、肩書住居の被告人方から、「弁護士甲野捷雄」というゴム印による印影がある図書(交通事故民事裁判例集)のほかに、「弁護士甲野捷雄職印」という丸印の印影があるレシートが発見されている上、被告人が昭和六三年二月一〇日に自ら協和銀行羽曳野支店に赴いて普通預金口座を開設した際の印鑑届(<押収番号略>)にもそれと同じような丸印の印影があることも認められ、これらの丸印の印影を前記(ウ)(エ)(オ)の各文書の写しにそれぞれ写されている弁護士甲野捷雄名下の丸印の印影と対照すると相互に酷似しているようにみられるし、更に、関係証拠によれば、前記(エ)(オ)の各文書に写されている角印の印影は「仲繩首里手空手道」と読むことができて(この文字のうち「仲」は「沖」に類似している)、被告人が高校卒業後沖繩で首里手空手道の空手を習っていたことも認められ、これらの角印の印影を前記(イ)(ウ)の各文書の写しに写っている角印の印影と対照すると同様相互に酷似しているようにみられる。

5  原判示各文書の出現後の関係者の行動について

関係証拠によれば、上田から福井に届けられた前記④の文書は、昭和六三年三月二〇日ころ、福井から不動産ブローカー南辻忠国らを介して、精密機器販売業を営む日同物産株式会社の代表取締役である神戸市内在住の八木常三の手に渡り、更に、同年四月上旬ころ、その写しが大阪府を中心に食肉小売業を営むダイリキ食品株式会社の経営者高橋健次の手に渡ったが、同人が相談した弁護士において、右④の文書の内容や形式に不審を抱き、弁護士甲野捷雄に問い合わせたことから、同弁護士がその文書に関与していないことが判明し、次いで、福井、上田及び出口もそのことを知るに至ったことが認められる。そして、原審証人上田(第四回公判)、同福井(第四回公判)及び同出口の各証言並びに出口の検察官に対する平成元年七月一七日付け供述調書によれば、その後、福井と上田は、出口を加えて、被告人が弁護士を詐称し右④の文書を作成するなどして自己らに多大の迷惑を掛け損害を与えたとして、その責任を追及し、昭和六三年四月下旬ころから翌五月下旬ころまでの間に、被告人が弁護士を詐称して関係者に迷惑を掛けたことを詫びる旨の謝罪文を被告人に作成させ、かつ、被告人からその損害賠償の示談金として五〇〇万円(ただし、一部は出口が立替)の支払いを受けた上、被告人に前記①ないし⑤を含む関係各文書を返還したこと、その際、上田は、後日生ずるかも知れない被告人との紛争に備えてその関係各文書の写しを取って手元に残していたもので、その写し(又はそれを更に複写したもの)の一部が検3号証添付の(ア)ないし(ウ)の各文書の写しや検8号証添付の(エ)(オ)の各文書の写しであることがそれぞれ認められる。

二以上一の2ないし5に認定説示した諸点を考え合わせると、原判示の犯罪事実は、これを認めるに十分である。そして、被告人は、その当時、自己の氏名が実在の弁護士甲野捷雄と同姓同名であることから、同弁護士になりすまして福井からの委任事務等を処理し、同人から弁護士報酬等を得ようとし、現にそれを得たものといえる。なお、弁護人は、当審弁論において、被告人は、当時自分と同姓同名の弁護士甲野捷雄が実在するとは知らなかったから、原判示各文書につき偽造の故意がなく、また、福井は、当時被告人が弁護士でないことを知っていたか、少なくとも弁護士でないと疑っていたから、被告人の原判示各文書の行使罪も成立しないと主張するが、被告人において、昭和六一年ころから既に弁護士甲野捷雄が実在することを知っていたことや、福井が原判示各文書を受け取る当時被告人を弁護士であると信じていたことは前記認定説示に照らして明らかであるから、右主張はその前提を欠くものであって失当である。

1  ところで、被告人は、各所論の主張に沿い、捜査段階や原審公判において、原判示犯罪事実に相当する本件公訴事実を全面的に否認し、「甲野法務税務調査事務所」名義の請求書とか「甲野法務税務調査事務所所長甲野捷雄」名義の経過報告書や領収證等の文書を作成して、上田に渡したことはあるが、公訴事実記載のような弁護士の肩書をつけた各文書を作成して、これを福井に送ったり、上田に手渡したことはない旨弁解している。しかし、被告人は、当審公判において、その供述を一部変更して、左記(一)ないし(五)のとおり、弁護人の当審弁論の主張に沿う弁解をしている。すなわち、その要旨は、

(一) 原判示第一の一の「弁護士報酬の請求について」と題する書面については、被告人が、ワープロによる記載部分を作成して上田に交付し、後日上田が被告人の目の前で「第二弁護士会所属弁護士甲野捷雄」のゴム印と角印を押した、

(二) 原判示第一の二の振込依頼書については、被告人が、「甲野法律事務所大阪出張所弁護士甲野捷雄」も含めてワープロによる記載部分と手書き部分を作成し、後日上田が被告人方に来て「これでええか」といいながら「第二弁護士会所属」のゴム印を押したが、角印の点は知らない、

(三) 原判示第一の三の請求書については、被告人は全くその作成に関与していないが、上田が同第二の二の領収書を被告人方に持参した時に、上田がその請求書を所持しているのを見た、

(四) 原判示第二の一の経過報告書については、被告人が「甲野法律事務所大阪出張所弁護士甲野捷雄」も含めてワープロによる記載部分を上田の依頼で作成し、上田が丸印を押したが、角印は知らない、

(五) 原判示第二の二の領収書については、上田がその用紙を被告人方に持参し、上田の依頼により、被告人が宛名欄の「福井商事福井由隆」、金額欄の「一〇〇、〇〇〇」、但し書欄の「大阪市」以下三行の文字、費目欄の各金額内訳、日付欄の日付など手書き部分のすべてを記入し、上田が被告人の目の前で「甲野法律事務所(大阪出張所)」の印と「弁護士甲野捷雄」のゴム印を押した、

というものである。

もっとも、被告人は、「甲野法務税務調査事務所」名義の請求書とか「甲野法務税務調査事務所所長甲野捷雄」名義の経過報告書や領収證等の文書を作成して上田に渡したことがある旨の原審公判での供述については、当審公判でも特に変更せずに、その供述を維持している。そして、被告人は、捜査段階において、前記各弁解に係る「甲野法務税務調査事務所」名義の請求書及び「甲野法務税務調査事務所所長甲野捷雄」名義の経過報告書や領収證等を他の関係文書とともに捜査官に提出し、この提出文書(<押収番号略>、以下「被告人の捜査官に対する提出文書」という。)は原審において証拠として取り調べられているところ、被告人は、捜査段階のみならず、原審や当審公判において、右の「甲野法務税務調査事務所」名義の請求書及び「甲野法務税務調査事務所所長甲野捷雄」名義の経過報告書や領収證等は、被告人が作成して上田に渡したものであり、かつ、昭和六三年五月に上田らに五〇〇万円を支払った際に上田らから返還してもらったものである旨弁解している。

しかしながら、被告人の捜査段階及び原審公判における前記弁解はもちろんのこと、被告人の当審公判における前記弁解も、被告人が原判示各文書に多少なりと関わりのあることを認める部分を除き、前掲一の3ないし5の各事実の認定に供した関係証拠、殊に、被告人の右各弁解に係る事実関係等を明確に否定する原審(第三、第四回公判)及び当審証人上田の各証言のほか、原審証人福井の証言(第四回公判)や出口の検察官に対する各供述調書と対比して、到底信用することができない。かえって、右各証言及び出口の検察官に対する平成元年七月一七日付け供述調書によれば、被告人の捜査官に対する提出文書(<押収番号略>)中の「甲野法務税務調査事務所」名義の請求書及び「甲野法務税務調査事務所所長甲野捷雄」名義の経過報告書と領収證等は、被告人が、本件犯行の発覚後にその罪証いん滅のために作出したものであること、なお、右提出文書(<押収番号略>)中、出口が福井には被告人のことを「甲野法務税務調査事務所」という調査業を営んでいると話した旨を特に記載した、福井を被告人に紹介する旨の出口作成名義の紹介状も、被告人が、右罪証いん滅の一環として、出口に指示して作成させた内容虚偽の文書であることが認められる。したがって、被告人の捜査官に対する提出文書(<押収番号略>)中「甲野法務税務調査事務所」名義の請求書及び「甲野法務税務調査事務所所長甲野捷雄」名義の経過報告書や領収證等は、被告人の前記各弁解を裏付けるものとはいえない。

2  また、被告人は、捜査段階のみならず、原審や当審公判において、被告人が福井らに支払った前記五〇〇万円は、三国中学グラウンド用地の処分に関する専任契約の手付金である旨弁解し、被告人の捜査官に対する提出文書(<押収番号略>)中には、これに沿うような文書として、専任契約手付金支払いに関する出口宛被告人作成名義の委任状のほか、福井代理人上田作成名義の五〇〇万円の領収書(立替金)の下段の追記部分がある。そのうち委任状の内容は上田に対し右領収書(立替金)の下段の追記部分に関する事項を委任するものとみられるところ、右領収書(立替金)を検討すると、その下段の追記部分は上段の説明部分と内容が全く矛盾して不自然である上、上段の金員領収者の欄には福井の代理人上田の署名押印のほか、その直下に立会人出口の署名押印があるのに、下段の追記部分には立会人出口の署名押印しかなく、しかも、その印影が上段の出口の印影と異なっている状況に照らすと、右領収書の下段の追記部分は、上段の説明部分とは別に後から記載されたものと窺われ、上田の了解を得たものとは認め難い。このことは、当審で取り調べた検察事務官作成の捜査報告書添付の領収書(立替金)写し(上田が当審での証言後に提出した手持ちの領収書(立替金)写しの複写)には、下段の追記部分等の記載がないことに照らしても明らかである。これに加えて、被告人が福井らに支払った五〇〇万円は被告人が弁護士を詐称するなどして福井らに与えた損害の賠償示談金である旨明言する原審(第四回公判)及び当審証人上田や原審証人福井(第四回公判)の各証言のほか、出口の検察官に対する平成元年七月一七日付け供述調書(右委任状と内容を異にする被告人作成の上田宛の委任状の写し添付)等に照らすと、被告人の捜査官に対する提出文書(<押収番号略>)中の前記委任状や領収書(立替金)の追記部分も又、被告人が本件犯行の発覚後にその罪証いん滅のために作出したものと認められ、被告人が上田らに支払った前記五〇〇万円は、被告人が弁護士を詐称するなどして福井らに与えた損害の賠償示談金ではなく、三国中学グラウンド用地の処分に関する専任契約の手付金であるとする旨の弁解は信用できない。なお、被告人作成の録音テープ(上田が被告人に掛けた電話の内容)の反訳書も右弁解の信用性を補強するものとはいえない。

3 更に、弁護人は、原審において、上田や福井が原判示の各文書の偽造等に関与した証拠として、いずれも昭和六三年五月二一日の確定日付がある福井及び同人の代理人上田共同作成名義の①「私が弁護士甲野捷雄の印鑑やゴム印及び甲野法律事務所等のゴム印などを偽造して、経過報告書等の文書にその印などを冒捺し、その各文書を取引先に交付して行使した。」旨(<押収番号略>)及び②「甲野捷雄に対し協和銀行の口座開設をしてやるといって同人を騙し、偽造した弁護士甲野捷雄の職印を同口座開設の届出書に冒捺してその手続をしたが、今はこれを反省し、いかなる処罰をも受ける覚悟でいる。」旨(<押収番号略>)それぞれ記載した謝罪文各一通ほか、②の謝罪文の添付書類とみられる③弁護士甲野捷雄の職印等各種印鑑・ゴム印を列記した上「これら偽造印を経過報告書その他各文書に押捺して、その各文書を偽造・行使した。」旨記載した自認書(<押収番号略>)(以下、これら①ないし③の各文書を「上田ら名義の謝罪文等」という。)を提出し、これらも原審において取り調べられている。そして、被告人は、原審公判において、②の謝罪文(<押収番号略>)については、昭和六三年四月二六日に専任契約手付金支払いに関する上田宛前記委任状を出口を介し上田に渡す際、出口から見せてもらって同人に返したが、その後、右手付金五〇〇万円の支払いを完了した同年五月二五日に出口から①の謝罪文の写しのほか、②の謝罪文(添付文書は③の自認書)の写しをもらい受けた旨供述している。しかしながら、上田と福井は、いずれも原審公判(第五回公判)において、上田ら名義の謝罪文等については自己らの全く関知しない文書である旨それぞれ明確に証言しており、その各証言は信用できる。のみならず、上田ら名義の謝罪文等を検討すると、その各筆跡はいずれも、証拠上被告人のものであることが明らかな他の文書の筆跡と甚だ酷似している。なお、上田ら名義の謝罪文等の確定日付請求書に記載の請求人であって、当時出口に自動車運転手として雇われていた原審証人藪本征郎は、右請求人の署名は自分の筆跡であるが、自分がその請求手続をした記憶はなく、右謝罪文のことは全く知らない旨証言し、この証言もおおむね信用できる。むしろ、そのころ、上田と福井が、被告人に対し、被告人が弁護士を詐称し経過報告書と題する文書を作成するなどした責任を追及し、その謝罪文を被告人に作成させて被告人から損害賠償の示談金として五〇〇万円の支払いを受けていることは、前掲一の5で認定説示したとおりである。そうすると、弁護人が原審で提出した上田ら名義の謝罪文等も、被告人が本件犯行の発覚後その罪証いん滅のために作成し、かつ、そのころ、上田ら名義の謝罪文等について、藪本征郎作成名義の確定日付請求書を利用してその確定日付の請求手続をしたものと推認されるのであり、上田ら名義の謝罪文等に関する被告人の前記供述も信用することができない。

以上のとおりであって、その他、各所論がるる主張するところを検討しても、原判決が認定した犯罪事実に関し、事実誤認の点は認められない。各論旨は理由がない。

第二弁護人の控訴趣意中、法令適用の誤りの主張について

弁護人の論旨は、要するに、被告人が原判示各文書を作成し、これをそれぞれ原判示のとおり行使したものであるとしても、私文書偽造罪とは、私文書の名義人でない者が権限なくして名義人の氏名を冒用して文書を作成するものであり、その本質は文書の名義人と作成者との間の人格の同一性を偽る点にあるところ、被告人は、自己の本名に弁護士などの肩書を付してその肩書を偽ったにすぎないのであって、原判示各文書の行使の相手方である福井らは被告人がその各文書を作成したのを知っており、なお、その各文書は第三者に渡ることが予想されない文書でもあるから、原判示各文書の作成名義人と作成者の間の人格の同一性が偽られたものとはいえず、そうすると、原判示各所為は刑法一五九条一項の有印私文書偽造や同法一六一条一項の同行使罪に該当せず、被告人は無罪である、したがって、原判決が原判示各所為につき刑法一五九条一項や同法一六一条一項を適用して被告人を有罪としたのは、法令の適用を誤ったものであり、その誤りが判決に影響を及ぼすことは明らかである、というものである。

そこで、所論にかんがみ検討すると、私文書偽造罪は、私文書の名義人でない者が、権限なくして名義人の氏名を冒用して文書を作成するものであり、その本質は文書の名義人と作成者との間の人格の同一性を偽る点にあることは誠に所論のとおりである。これを、本件についてみると、前掲一の4の認定説示から明らかなように、原判示各文書の作成者は被告人であるが、その各文書の内容と名義人の記載は、それぞれ、同4の(一)ないし(五)のとおり(同4の(ア)ないし(オ)の各文書の写しに写されたものと同じ)であるところ、これによれば、右の各文書は、大阪以外の地もしくは東京に本拠となる事務所を置く弁護士が弁護士業務に関して作成したものとみられる上、その記載から窺われる効用からみて第三者の目に触れる可能性も否定することができない。また、このような内容・体裁の文書は、その性質上、弁護士でない者がこれを作成することは法令上許されないといえる。こうした事情に加え、本件では他に名義人と同一氏名の弁護士が実在していることに照らして考えると、右のような文書を弁護士でない者が作成した場合には、たとえ、現実の作成者が名義人と同姓同名であるとしても、文書の名義人と作成者の間の人格の同一性、すなわち作成名義を偽ったものとして、私文書偽造罪が成立すると解すべきであり、これと同趣旨の原判断は相当である。なお、関係証拠によれば、確かに、福井は被告人が原判示各文書を作成したことを知っていたものであり、他に実在する弁護士甲野捷雄がこれを作成したとの認識はなかったことが認められるけれども、それは、その当初から被告人をその弁護士と誤信していた結果に外ならず、こうした事情は前示認定判断を左右するものではない。その他、所論がるる主張する点を検討しても右結論は動かない。

以上のとおりであって、被告人は、原判示各文書を偽造したものということができるし、更にその各偽造文書を福井に対し行使したものである以上、被告人の原判示各所為中、その各偽造の点につき刑法一五九条一項を、その各行使の点につき同法一六一条一項(一五九条一項)をそれぞれ適用した原判決には、所論の法令適用の誤りはない。論旨は理由がない。

第三各控訴趣意中、量刑不当の主張について

弁護人の論旨は、要するに、情状により被告人に対し刑の執行を猶予されたいというものであり、被告人の論旨は長女の結婚が迫っていることなどの家庭事情を酌量して軽い刑にしてもらいたい、というものである。

そこで、各所論にかんがみ、記録及び証拠物を調査し、当審での事実取調べの結果をも参酌して検討すると、本件は、被告人が、弁護士を詐称して、顧客から依頼されて行った土地調査などの事務に関し報酬等を得ようと企て、「弁護士報酬金請求について」と題する書面等合計五通の弁護士名義の文書を偽造し、これを行使したという事案である。その犯行は、計画的、かつ、巧妙であり、その動機や態様において格別酌量すべき点は認められず、現に犯行を遂げて、多額ではないが報酬等名下に利得もしている。そして、犯行により福井ら関係者達の被った被害状況や社会的影響のほか、被告人は犯行が発覚するや、罪責を免れるため種々の罪証いん滅工作を重ねた上、上田や福井にその罪責を転嫁しようとして、被告人に反省の情が認め難いことを考慮すると、犯情は芳しくなく、被告人の刑責は軽視することができない。

そうすると、被告人が、福井らに対し損害賠償の示談金として五〇〇万円の支払いを余儀なくされたこと、被告人には相当昔の罰金刑の前科があるのみで、他に前科はないこと、被告人には妻子があり、長女は結婚を控えていること、その他、被告人の健康状態等、各所論が指摘する被告人に有利な諸事情を十分しん酌しても、被告人に対し刑の執行を猶予するのは相当でなく、被告人を懲役一年の実刑に処した原判決の量刑が不当に重いとは認められない。各論旨は理由がない。

よって、刑訴法三九六条により本件控訴を棄却し、当審における訴訟費用の負担につき同法一八一条一項本文を適用して、主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官小瀬保郎 裁判官谷口彰 裁判官高橋通延は退官のため署名押印することができない。裁判長裁判官小瀬保郎)

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